わたしの終わり

覚醒と悟りの言葉

「いま、いのちがあなたを生きている」親鸞を想う:読者の反応 花岡修平 「真我が目覚める時」

◎前記事「親鸞を想う」のコメント欄から読者の反応をいくつかピックアップしてみた。タイトルは、読者Kの言葉を引用したもの。

 

【読者K】 いま、いのちがあなたを生きている

花岡さん、お久しぶりです。(^^) 

今、私の母は死の間際にいます。 
認知症を患い、他に体への様々な症状があるため、数年間、病院に入院しています。) 
正直、今ほど真剣に、死や真理(目覚めや悟り)や小我(思考や自我やマインド)に向き合った事はありません。 

昨日(4月2日)、『いまここ』の阿部さんのブログ記事に、京都の東本願寺に掲げられている言葉が紹介されていました。 
「いま、いのちがあなたを生きている」というのがその言葉なのですが… 
ネットで調べてみたら、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌テーマ(2011年?)だったみたいです。 

「いま、いのちがあなたを生きている」、、、今の私にとって、これほど染み入る言葉はありません。 

ところで、全く話は違いますが。(^^;) 
花岡さんは、2012年に、いまここブログの記事に取り上げられた事があったのですね。 
それを発見した時は、驚きと共に、その花岡さんのコメントに感動しました。 

その時のコメントや、この『親鸞を想う』の記事にも取り上げられている「ゆだね」ですが、私はまだまだ、ゆだねきれていなくて…(^^;) 
でも結局、どう足掻いたところで最終最後は、ゆだねるしかないのですよね。 
今は、一日の中で何度も、大我と小我の間を行き来しております。(笑)
 
◎赤字は、私がマークしたもの。この阿部敏郎氏のブログ「いまここ」への花岡さんのコメントは、「目覚め」という記事として本ブログに収録されている(2015-10-28掲載)。また、それは、「最初期のエピソード集」(2019-4-10掲載)の「エピソード(4)目覚め」と同一のものである。(ブログ管理人より)
 
 
 
 
 
【読者H】花岡さん、みなさん、お久しぶりです。 

おかげさまで、日々、ハートから湧き出るエネルギーのようなものを感じて生きております。 
毎日が楽しい。別にこれと言って何もないのだけれど、何もないのが楽しい。たぶん、何かあっても楽しいんでしょうね。 

こちらのブログだけでなく、少し本なども読み、先人たちの遺した言葉などにも接したりもしています。 
知識として頭に入れるのではなく、行間から溢れる、それこそ『智慧』とも言うべきものを、感じ取るように読んでいます。 
すると、以前なら絶対に理解できなかったであろうことが、今は『わかる』ことが面白くてたまりません。 
すると、何かまた理解が深まったのか、 
近頃は、見るものすべてが完璧で命が輝いているように見えます。 
生き物たちはもちろん、石や水、空気といった無機物も、建物や道具のような人工物にまで、わけへだてなく、輝く命をそこに感じます。 
本当に「すべてがひとつ」だなと、この世の素晴らしさに感動してりしています。 

なんだか、とりとめのない文章になってしまいましたが、 
いつも素晴らしい気付きをくださる、花岡さんには感謝しております。これからも、楽しみにまっております。 
では。 
 

 

【読者S】花岡さん、皆さんこんにちは。 

ここへ来ると皆さんからの気づきが多く、また、大変安らぎを覚えます。 

大きな流れがきて、長年培ってきた考えや思考癖、有形無形の全てを一旦捨てようと覚悟を決めた時に、「真我」の探求が始まり、ここに辿りつきました。 

絶対に後戻りはしないと決め、ただただ委ねてみました。不安や恐怖がありましたが、やっと打ち克つことができました。 

「覚悟」が迷いを脱し真理を悟ることならば、私は覚悟したのではなく、覚悟しようと決めただけだったのかな。とふと思いました。 

「目覚めていて夢を見る者となるな」 
とても深く、さらに高みを目指す方への指針となる素晴らしい言葉ですね。 
 
 

【読者KK】 心について

花岡さんのブログの更新で勉強させてもらっています。 
  
  
私たち人類は、過去も未来も行ったり来たり出来るのですね。 
起きる事は決まっていることもわかるのですが、そんな事は、もうどうでもいい、受け入れていけばいい、しかし 心が空虚なんです。 
海底から光を求めているみたいに、永遠なる静寂を求めているみたいに、あるとき神を感じ歓喜の涙を流しながら、この空虚さは、感謝がたりないの。心って厄介なものですね。 
 
 

【読者P】 時間について

今日もありがとうございます。 
ただ今を感じると、時間の感覚が変わってきて、時間が無いように感じます。ただ、ただ、自由な空間が広がっています。 

時間が永遠に止まってしまったかのようです。ずっとそこにあり変わってないかのような。。。