2019-01-01から1年間の記事一覧
覚醒、あるいは目覚めと、悟りは同じものですか?ってよく聞かれます。結構こういう質問は、したいけどしていいのかな?って迷うんですよね?きっと。答えにくい質問はしないほうがいいかも・・・って思ってるのかも知れませんね。で、目覚めと悟りは同じか…
多くの人は自我の中の「わたし」こそが、わたしそのものであって、しかも自我という分離したスペースにさえ気付かず、「わたし=身体」とみなして疑う事がありません。それはそれで、今はその段階を生きる必要があって、つまり、それを体験する重要な意味が…
Youtube で見つけた動画「自分を許す大切さ」(日本語字幕付き)。下記は動画説明欄の記述から。 ”The Last Hustle” の著者ケニー ジョンソンさん。 彼は、過去37回の逮捕歴があり、人生のほとんどを塀の中で過ごしてきました。 ある日刑務所でティーチング…
*今回、過去記事をチェックしてみて、それが不完全なものであることを発見した。最後の十数行が欠けていた。今回の記事は完全版。当時の読者のコメントも付け加えておいた。 shikoutoshi.hatenablog.jp 真我が目覚めていくプロセスには、様々なアプローチが…
*これは、前記事「クリシュナムルティ・あるがままみる」のコメント欄にあった「ある読者が発見したクリシュナムルティの私生活に関する暴露記事」についての問答。非常に興味深かかったので、独立した一本の記事にしてみた。(ちなみにこの暴露記事は必読…
クリシュナムルティが言う、「あるがまま見なさい」ということ。「あるがまま」で居ないと、「あるがまま見る」ことはできません。彼は来訪者と共に座り、緑豊かな周りの景色を見て、木立ちを渡る風、鳥たちのさえずり、清涼な静けさ、それらをただ、あるが…
自我と言っても、そもそも自我とは何か?と考えると、掴みどころのない架空の物のような気がします。「わたし」という感覚は、だれもがわかるでしょう。「わたし」の事は、「わたし」が一番よく知っていると、だれもが思うわけです。「わたし」が行動してい…
質問を頂いて、簡単に説明できると思ったのが、どうしたらわかってもらえるだろうと書いているうちに、ひょっとして結構これってみんなわからない事なのだろうか?と思い、つい長文になってしまいました。こちらに掲載します。質問1> 「思考」と「思考の働…
この言いようの無い、例えようの無い強烈な、自らして圧倒されそうな喜び、ハートから溢れる愛による歓喜を味わったからには、もはや何を望むものなど考えられましょうか。それは全く味わった事の無い至福、エクスタシーそのもので、味わっていれば、更に更…
仏という言葉があって、それは何か?という解釈に、人は実に様々な意味づけをしています。国々の単位でも、個人の単位でも、大きく、また微妙に異なっています。異なっているというのは、どれも正しいとは言い難いと言う事です。また、正しいと断定できない…
世界とは、ものすごくデカイひとくくりです。その中に天体の集まりである銀河が、数えきれない程散らばっています。そのデカイ世界、宇宙の中の、とある銀河の、限られた太陽系の、ちっぽけな地球の上の小さな国の、どっかの市区町村に住む身体のわたし。も…
善い事を思い続けている事が、善い結果を生み、幸せに繋がる。だから、悪い事を思わず、善い事だけを思いなさい。という人がいたとして、善い悪いの根拠も自分の尺度に頼るしかありません。たぶん、これは悪い事だと思う、ほんのちょっとの事、そういうもの…
人生は苦悩で満ちています。といっても、苦悩というものがあるわけではありません。人は快楽を求めるものです。といっても、快楽というものがあるわけではありません。それはただ、自分に都合がよいかどうかで、その人が意味づけているだけです。その人の意…
瞑想について、人の理解は様々です。手法や、境地も、自分なりに捉えているでしょうし、他の人と同じかどうかなどわかりはしません。どうであれば間違いで、どうであれば正しいとも言切れません。ですから、自分の考え方を押し付ける事はしませんが、ただ、…
明け渡す事、自我を捨てる事がどうしてもわからないという人は多いかと思います。どうしても、解釈を曲げてしまう何かを掴んだままだからです。その何かも、また、自我なのではあるのですが。解釈のズレが発生するのです。何か、ほんの少しの、しかも重大な…
ほんとうは世界には、あなたしかいません。とても不思議です。ほんとうは世界には、何もないのです。すごく不思議です。あなたの意識があるだけです。そこに、物語のデザインに従って、様々な数限りないもの達を、あなたが配置しています。形と色と、音、臭…
我々は生涯の中で、誰かを愛します。きっと誰も愛した事のない人などいないのです。人を愛する事。そのように言うと、すばらしい事だと思います。もちろん、愛するほうが嫌悪するより、断然すばらしいのは明らかです。それが人と人を結びつけます。我々は、…
仏陀が苦行では悟れないと明言しているにも関わらず、あえて苦行に励む人も多いのです。千日回峰行のように、真言を唱えながら山中を来る日も来る日も駆け回るとか、何日も飲まず食わずで日の射さない部屋で独り惟ひたすら三昧に励むとか。ひとつ間違えば死…
我々は、「唯ひとつ」の中で、外なる世界を創りだしています。外なる世界の中で、主体である「わたし」と、客体である「わたし以外」に分けて見ています。外なる世界は、「わたし」と「わたし以外たち」との関わりの物語です。「外の世界のわたし」は、いつ…
この記事は、以下の記事のコメント欄でなされたある読者と私(ブログ管理人)の問答です。だれかの役に立つかもしれないと考え、ひとつの記事にしてみました。 shikoutoshi.hatenablog.jp 【読者A】 私は普段は頭の働きが勝手に止まったり止めるのも何とか数…
人生は苦悩に満ちています。真実がわからず、迷いの中を、手探りで生きています。真実を照らす光が無いから、無明と言われます。無明とは、無知の意味です。知識を持たないという事ではありません。現象として現れるこれらすべてが、ほんとうは何処から来た…
Tさんから、「恐れを手放すにはどうしたらいいか?」という質問を頂いたいのは、3月28日の事です。それから、僅か2か月も経たないうちに、これほどの変容が、Tさんに起こりました。自分を自我という囲いから連れ出し、自我を、思考を、離れた所から観察…
幼子には無くて、おとなには有るものはなんでしょう。常識です。当たり前と言われる価値観です。道徳です。規律です。幼子は、そのようなルールがないから、無心で、無邪気で、天心で、嬉々としています。それだから、体験であらゆる事を学べます。しかし、…
OMOtan さんという方から、以下の記事に次のようなコメントをいただきました。 shikoutoshi.hatenablog.jp こんにちは。初めまして。つい数日前に花岡さんのブログに辿り着きました。それから何日もずっと拝見していて、昨夜は「初恋…」の記事を読んだら涙が…
仏教界では、人が人生を終えたとき、戒名、あるいは法名、法号、とかを授けます。もちろん、亡くなられた方には関係の無い事でしょう。本人にとっては、関与できないまま、勝手に付与されるわけですから。でも、見送る遺族にとっては、絶対はずせない仏事で…
カンフー映画というのが、かなり昔全盛だった時期があったようです。ブルースリーのスピード感のあるアクション、ヌンチャクの妙技に観衆は驚きました。そして、映画館から出てくる人は、だれでも、ブルースリーになっていたのです。あっちからも、こっちか…
*数ヶ月前に一度掲載し削除した記事の再掲。 それは、すべてあなたのアイデンティティーを明確にすることに帰着する。 あなたは、すでに「ある」。 だから、未来におけるあなたの状態や経験を追い求める必要はない。 あなたが追い求めているのは、あなた自…
気づき、目覚めは、恩寵によってしか起こり得ないというのが、わたしの立場ですが、瞑想が全く無駄かといえば、もちろんそんな事はありません。瞑想が直接的に悟りにつながるのではないけれど、その準備のために有効だと言うわけです。もしも瞑想で悟れるな…
目覚めにグル(師)は、必ずしも必要ではありません。しかし、グルに師事したほうがシックリくる人もいます。どちらにせよ、最終的には、拠り所は自らの内にあります。それを疑う事無く、気づきへの憧れを捨てず、自己浄化に励むなら、人は悟りへと運ばれて…
世間の人が求めているのは、高い生活水準であり、地位であり、名誉であり、賞賛であり、羨望であり、快楽であり、それらがある程度享受されても、得られて幸せだと思えるのは、ほんのひと時です。瞬く間に次の欲求が現れてきます。そして、持っていながら、…